弱者は本当に弱者なのか-難民を受け入れる側を支援すること-

執筆者 | 21/09/21 (火) | コラム

1.ロヒンギャをめぐる対立

 「ロヒンギャ」と呼ばれる人々のことをご存知でしょうか。

 ロヒンギャとは、ミャンマー西部でバングラデシュと国境を接するラカイン州に住むムスリムの総称です。 ミャンマーの国民のうち、9割は仏教徒が占めるため少数派であり、かつては共存していた時期もあったものの、現在では対立が深まっています。

 その対立の歴史は古く、1982年以降、ミャンマー政府がロヒンギャをかつてイギリスが連れてきた外国人であり「無国籍」であるとして土地を強制収用し、バングラデシュなど周辺国に数十万人が避難したことから始まります。これ以降、ロヒンギャの住民と仏教徒との衝突が起こるたびに大勢のロヒンギャの人々が避難をせざるを得なくなります。

 少し前の話ですが、 2017年8月25日にミャンマー治安部隊とロヒンギャ武装集団との大規模な衝突が発生しました。この日、ロヒンギャの反体制派武装組織ARSAがミャンマー・ラカイン州の警察の施設と軍の基地を襲撃しました。これを受けてミャンマー政府はARSA掃討作戦を開始し、同州におけるロヒンギャ住民の弾圧へとつながりました。

 この弾圧ではロヒンギャ族の村々が焼かれる、無差別殺人、適切な手続きを踏まない逮捕や拘束、強姦、拷問、略奪などが横行しており、ミャンマー政府側が「民族浄化」をしているという批判が国連関係者から噴出しました。

 バングラデシュへ避難したロヒンギャの人びとは増え続け、コックスバザールにある難民キャンプに逃れた人の数は、2018年1月時点ですでに70万人を超えていたようです。

  現在まで、世界中のNGOや援助機関が支援の手を差し伸べようとしてきたし、国連を筆頭に多くの支援が行われています。バングラデシュには難民キャンプも設置されているほか、報道も盛んに行われ、支援を求める声を届けています。ときの河野太郎外相も難民キャンプを訪問しています。

 ロヒンギャに関するほとんどの報道では、ミャンマーにおいて民主主義の旗手であったアウン・サン・スー・チー女史が、彼女が政権についたとたんに一変、ロヒンギャを弾圧しはじめた、という構図で報じられました。

 この、強者に虐げられる弱者として伝えられたロヒンギャをみると、当然彼らを手助けする必要を感じざるを得ません。

 しかしその一方で、ロヒンギャが被っている数々の悲劇が過度なまでに強調されているようにも思われます。それによって見えなくなってしまう存在が、「ホストコミュニティー」なのです。

2.難民を受け入れる土地

  2017年8月25日にミャンマー西部ラカイン州で発生した暴力行為をきっかけに、656,000人以上のロヒンギャの人々が、隣国バングラデシュのコックス・バザール県に避難しています。

この難民キャンプは援助関係者から「メガキャンプ」と呼ばれ、中には大規模な市場や簡易の給水施設、無料の診療所もあり、多くの援助が入っています。もともといたロヒンギャの人々とあわせて90万人ちかくがこの地域にいることになり、コックス・バザール県の住民の人口を上回っている現状です。

そのような状況で、ロヒンギャの人々を受け入れることができるキャパシティーは十分ではなく、ホストコミュニティへの支援の必要性が叫ばれました。

 アイシーネットという開発コンサルの会社があるのですが、彼らが分析したホストコミュニティーへの影響は次の通りです。


農業: 裕福な土地所有者が農地を所有し、地代を払って農業を行う農家と人手が必要な時期に限定して働いて収入を得るという2つの収入のルートがある。ロヒンギャ危機によって、灌漑などの必要な設備が損傷し、難民キャンプに土地がとられたことで農地そのものも減少している。そのため、収入を得ることが出来ない人びとが多くいる

水産業: ミャンマーとの国境にあるナフ川での漁が禁止されたため、収入源を絶たれた人びとが大勢いる状況

畜産: ロヒンギャの人々が大量に移動してきたことによって牧草地が大幅に減り、直接的な影響が出ている。特に、肉や卵の需要に生産が追いつかなくなり、価格が高騰している。これは子どもや若い世代の栄養状態に深刻な影響を与えている。また、多くの支援団体がホストコミュニティからではなく他の地域から人材を雇用しているため、地元の雇用につながっていないという声も上がっている


総じて、貧困層が打撃を受けている状況があるということが推測可能です。ちなみに当時のアイシーネットは、これらの課題に対して、養殖、バリューチェーン構築、森林破壊の緩和等の取り組みを検討するとしました。

3.ホストコミュニティーの存在と難民の救済

 ホストコミュニティ支援の取り組みは、ロヒンギャ難民問題によってはじめて表面化した問題ではありません。中東のシリア難民に関わるホストコミュニティに対しても、JICAをはじめとして多くの支援プロジェクトが実行されてきました。例えば、

「シリア難民ホストコミュニティ地方部における村落保険センターサービス向上プロジェクト」

「シリア難民ホストコミュニティ緊急給水計画策定プロジェクト」

「脆弱な難民やホストコミュニティの居住環境の改善と経済的エンパワーメントによる人間の安全保障の推進」

などです。

 ホストコミュニティへのサポートは、目に見えて苦しんでいる難民当事者への救済の影に隠れてしまうもので、それはおそらく、人は目の前で救済を求められれば、状況が逼迫していればしているほど、その行為の結果、誰にどのような影響を及ぼすかを思考する余裕を失ってしまうということなのでしょう。。。

 この特性ともいえるものを自覚して、 難民当事者への救済よりもホストコミュニティのサポート体制を整えることを忘れない、というような姿勢が求められます。

 先日、カブールが陥落し、多くのアフガニスタン人が国外へ逃れました。彼らもいわゆる「難民」です。 彼らが難民となった経緯は悲劇という他ありません。その悲劇は当事者にとってだけではなく、より多くの人々にとっての悲劇なのだと思います。


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