そのジョーク笑える??〜Netflix事件〜

執筆者 | 21/11/09 (火) | コラム

 
 こんにちは!キャシーです。

 

 今回取り上げるのは、SDGsの中でも最もとっつきにくい分野である人権についてです。シェアしたいニュースがあったのです。

 一言で言うと、Netflixが自社の社員でLGBTQの人を解雇した、ということになるのですが、もっともっと根が深そうです。
 そこで、問題をぐっと3つに絞って書いていこうと思います!!

事件の概要

 ことの発端は、Netflixが10月に配信スタートしたスタンダップ・コメディ番組、「デイヴ・シャペルのこれでお開き」内でのシャペル氏の発言。いわゆるLGBTQの当事者を侮辱・揶揄する発言を繰り返し、なおかつ、かねてよりLGBTQへの批判的な態度が問題視されている作家のJ.Kローリング(ハリポタの原作者)や、ライブパフォーマンスで同性愛者やHIV/AIDS患者へのヘイト発言をしたアーティストのダベイビーらを擁護する発言をしていたのです。

 これらの行動についてNetflix社内で当該番組を配信すべきではないとの声が上がりましたが、Netflix側はシャペル氏を擁護し、配信を決定。内部から反発が起き、Twitterなどで社員が怒りを表明するなどの事態に発展しました。
 そこで、Netflixがとった行動が、当該社員を停職処分にするというもの。処分の理由はTwitterでの抗議ではなく、招かれていない取締役会レベルの会議に出席したからとのことですが、これが後に誤解であることが発覚して停職処分は取り消しになりました。
 ところが、その後Netflix従業員がストライキを計画したことがわかり、そのグループのリーダーは解雇になったのです。Netflix側の主張としては、解雇の理由は社内の機密事項(シャペル氏の番組やイカゲームなどのコンテンツ価値を示す情報)をリークしたからだとしてますが、これについて解雇された社員は否定しています。

 シャペル氏は一連の出来事についてコメントを発表しました。
 「Netflixのトランスジェンダー従業員に話をするように誘われ、俺が断ったという話が報じられている。だがそれは事実ではない」
 「もし彼ら(Netflixのトランスジェンダー従業員)が俺を招待してくれていたら、俺は受け入れていただろう。しかし、何を話すのかについては混乱している。俺は自分の言いたいことを言い、そして、君たちが言いたいことも聞いた。何てこった、聞こえないわけがない。君たちはNetflixで安全な職場環境を望んでいると言った。でも(Netflixの)オフィスに行けないのは俺だけのようだ」。
 また、「メディアが“俺 対 トランス・コミュニティ”という枠組みを作っていても、そうはさせないということを、視聴者の皆さんに知ってもらいたい」「LGBTQコミュニティのせいにはしないでくれ。これ(『デイヴ・シャペルのこれでお開き』)は企業の利益のためであり、俺が何を言っていいか、何を言ってはいけないかの問題だ。言っておくけど、これは知っておいてほしいんだが、僕が知っているLGBTQコミュニティの人たちはみんな愛情を持ってサポートしてくれている」(「」内は全て下記、参考リンク④より引用)。

3つの問題点

その1 LGBTQへの差別発言と「言論の自由」

 最初の問題はもちろん、シャペル氏の発言内容についてです。「侮辱・揶揄する発言」と先ほど書きましたが、この表現には収まりきらないほどの酷い内容です。私はLGBTQの当事者ではありませんが、これを言われたら泣く人・怒る人がいるだろうことは簡単に想像できるものです(具体的な発言内容はかなり下品で気が引けるのでここでは書きませんが、どうしても気になる方は参考リンク③および⑤をご覧ください)。
 そして、この発言と「言論の自由」、キャンセルカルチャーとポリティカル・コレクトネスの在り方が主たる問題点です。
 キャンセルカルチャーとは、著名人などの発言などを叩いて、その対象を排除しようとする動きのこと。例えば、NIKEの広告が日本人を差別主義者にしているとして不買運動が起こったこともこの一例にあたります。
 ポリティカル・コレクトネスとは、社会的弱者を排除したり差別したりする発言や表現を避けること。
 シャペル氏は、かねてよりこれらの現象に繊細になりすぎることを嫌っています。単純化すると、差別発言とジョークの境界線はどこか、と言う問題です。

 これに関しては、Netflixの共同CEOのサランドス氏も「特にスタンドアップ・コメディでは、芸術的な自由は、明らかに社内で認められている言論の基準とは大きく異なります。人々を楽しませることと、敬意と生産性のある職場を維持することとでは、目的が異なるからです」と語っています(参考リンクより引用)。要するに、番組などの作品を作る上では職場のモラルとは異なる基準があり、より自由な発言を認めるべきだということです。

(*ここにいう「言論の自由」とは、日本国憲法21条1項で保障されている人権とは全く別の概念です。)

その2 人種差別問題
 事態をより複雑にしているのは、問題発言をしたシャペル氏が黒人男性であること、そして、解雇された職員が妊娠中の黒人女性である点です。
 発言をを受けて、黒人のLGBTQの人権団体「アメリカ黒人正義連合」が配信停止を求める声明を発表し、黒人のトランス活動家であるラクエル・ウィリス氏は「黒人男性であるデイヴ・シャペルのように、ひとつの分野で疎外されている人が、それ(自分が抑圧されている側であること)を盾にして他の人々、つまりLGBTQ+のコミュニティ、特にトランス・コミュニティの疎外を助長している」と述べました(参考リンクより引用)。つまり、黒人の方が差別されていることを盾にしてLGBTQを差別しても構わないという態度をとっている、と黒人から指摘されたわけです。また、解雇された件で、元社員が「白人がマスコミに話したり、ツイッターで公言したりしているのに、クビになったのはずっと黙っていた黒人だけです」(参考リンク③より引用)と発言しています。

その3  従業員の解雇事由
 Netflix側は、あくまでも解雇事由は社内の機密事項を流出させたことだとしていますが、客観的に見て「意にそぐわない社員の解雇」である側面は否定できません。雇用主と従業員では明らかに従業員の方が立場が弱いですし、Netflixはためになる良いコンテンツも多く制作している人気の企業です。たとえ従業員の発言が真実だったとしてもそれはいずれ忘れ去られるでしょう。

所感とさらなる問題点

 細切れの情報がたくさんあって、尚且つシャペル氏のその後の発言などのニュースが見つからないので、色々と書きづらいところはありますが・・・。

(シャペル氏:画像は下記参考リンク④より引用)             

 まずは、シャペル氏自身のことから。
 シャペル氏とはどんな人かというと、いわゆる毒舌キャラの大御所コメディアン、といったところ。だからこそ、キャンセルカルチャーやポリティカル・コレクトネスを嫌悪するのでしょう。自身をTERF(ターフ:トランスジェンダー女性を排除しようとする急進的フェミニストのこと)だと公言しており、以前もNetflix配信の番組での発言が問題視されました。「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」的なことなのかもしれません。
 たしかに、あまりにも繊細になりすぎていちいち遠慮していてもフラストレーションが溜まるだけですし、彼が主張するように、ジョークとして発言してそれを聞いて笑う人がいるのであれば、それはジョークでしょう。けれど、傷つく人がいると分かっているジョークと優しいジョークとではどちらが心から笑えるかと問われれば、前者であると思います。毒舌が面白い時もありますが、それは「毒舌のターゲットにされているものが自分ではないとき」に限られるはずです。

 きっと「彼の発言なんて気にならない」、「ジョークはジョーク」と笑い飛ばしてくれるLGBTQもいるでしょうし、彼自身が言うように擁護してくれる人もいると思います。ただそれは、彼に優しいLGBTQの友人がいるということであって、全員から支持されていることではありません。トランスコミュニティと一括りにして、対立していると思っているのは彼自身に他ならない気がしてしまいます。

(サランドス氏:画像は下記参考リンク③より引用)

 そして、Netflixの共同CEOであるテッド・サランドス氏の発言と行動も大きな問題を孕んでいます。
 シャペル氏を擁護するためにサランドス氏が外部に向けて発信したコメントでは、シャペル氏のコンテンツに対し、「当社のメンバーはそれを楽しんでいる」とする一方で、社内向けメールでは「多くの皆様が怒り、失望し、傷ついたことを知っています」と書いていたとのこと(参考リンク③より引用)。ほぼ真逆のことを言っています。二枚舌というのか、なんというのか・・・。
 加えて、Netflixは問題となった番組「デイヴ・シャペルのこれでお開き」に2410万ドル(約27億5000万円)を費やしたらしく、これはNetflix史上最大のヒットとなった「イカゲーム」(全9話分)2140万ドル(約24億5000万円)を超える額であるとリークされています。要するに、シャペル氏とその番組はNetflix経営陣にとって肝入りのコンテンツだったことが伺えます。超高額を投じた番組に以前も問題視された人物を起用したのですから、よっぽど”お気に入り”の演者だと思われます。そんなお気に入りのために社員解雇にまで問題が発展したのかと考えると、ゾッとしてしまいます。労働環境の改善を目的とした法律業に従事していたので、これは個人的にかなりショッキングな出来事です。 

そのジョーク笑える??物云う弱者の話

 人は何に傷つくか分かりませんし、何に怒るかも分かりません。「うちの小鳥がね〜」に傷つく人もいれば、「こないだケーキ焼いたらね〜」に怒る人もいます(実際に会ったことあります)。だから、繊細になりすぎては本当に何も言えません。ジョークはジョークで受け流す度量も必要だし、誰かを傷つけるかもと思ったことは言わないようにするか、ジョークを工夫するかした方が良さそうです。要するに、歩み寄りですね。
 筆者は、弱者によりそうことを信条としていますから、傷ついていない側や強者の側から多めに歩み寄ってもいいと思っています。だって、怖いやん。強者に近づく弱者の気持ち。好き好んでライオンに近づくガゼルはいないですよね。だから、「ライオンじゃないんです〜。」「草食動物じゃないんですけど、あなたのことは食べないんです〜。猫的な感じです〜。」みたいな顔でじりじり近寄っていけばいいと思います。弱者は草陰からチラッと姿を表してくれればOK。そんな感じです。同じ感覚の人も多いと思います。

 筆者が怖いなと思うのは、マイノリティが傷ついて声を上げ自己の主張を展開しマジョリティや権力側の好きな相手(自身を含む)を批評したとき、いわば”物云う弱者”が現れたときです。こういう場合、いつもは歩み寄りが大事だと言っている人物が豹変して「傷つくも傷つかないも自分の自由」、「私はもっと酷い経験がある」と謎の論を展開することは多々あります。
 LGBTQに限った話ではなく、本当に死を考え行動したことある人の前でそんな薄っぺらい道徳は通用しません。シャペル氏が「LGBTQコミュニティの人たちはみんな愛情を持ってサポートしてくれている」すなわち『傷ついていないものもいる』、あるいは『傷ついてもサポートしている』という趣旨の発言をし、彼が黒人活動家から”黒人差別を盾にしている”、すなわち『黒人はもっと酷い経験をしていることを盾にしている』と指摘されたことと、同じ結論が待っているのです。勇気を振り絞って行動していることを度外視し、日頃から問題発言の多い人物と同じ行動になっているわけです。もちろん自戒を込めて書くのですが、これほど恐ろしいことはないと思います。

 Netflixはトランスコミュニティに理解のある番組も制作していますし、多くのLGBTQ社員が働いています。だから、普段はいわゆるトランスコミュニティには優しくしようという気概があるはずです。けれども、今回の件ではCEOであるサランドス氏がシャペル氏を擁護し、解雇は相当である旨を主張しました。この背景には、”物云う弱者”への不快感があったのだと思います。番組に投じられた金額などを鑑みても、きっとシャペル氏はNetflix経営陣のお気に入り。そのお気に入りが批判された途端に解雇になるわけです。
 弱者は弱者らしくおとなしくしていろ、ということでしょうか。「社員はコンテンツを楽しんでいる」。「会社情報をリークしたから解雇した」。いずれも一見すると、理にかなった内容です。日頃、いかに優しくしている人々でも、自分の推しが非難されたり自己の主張と相容れないことを発言した瞬間に不快感が芽生え、こういったそれらしい道徳でねじ伏せようとするのです。これを発言する人物が”社会的信用”を兼ね備えている場合、思考停止状態で追随する者も多く現れます。どんな小集団であっても、インフルエンサーやオピニオンリーダーに異口同音で従うのはよくある現象です。本当に、これほど恐ろしいことはないです。

 怒ってる相手に対しては「まあまあまあまあ。そう怒らずに〜。一緒に食事でもどうですか?」と言いたくなりますが、忘れたくないのは怒りの前にはたいてい悲しみがあるということです。正義は悲しみを許容します。少なくとも、私の中ではそうです。

 実は、このニュースもっともっといろんな問題があるのですが、ここでは書ききれません。それでもきっと多くの日本人やマジョリティが興味ない話題で、すぐに忘れ去られそうです。何を考えたかぐらいは記憶しておきたいものですね。

*参考リンク*
TECHCRUNCH(Netflixがトランスジェンダーの従業員によるストライキを計画した社員を解雇)

HUFFPOST(Netflix従業員ら、番組内のトランスジェンダーへの差別的発言に抗議。解雇や停職にも発展)

FRONTROW(Netflixのお家騒動を詳しく解説、デイヴ・シャペル番組のトランス差別問題で解雇やストライキが発生)

FRONTROW(Netflixのお家騒動の続報! デイヴ・シャペルがコメント「俺は誰の要求にも屈しない」)

Yahooニュース(人気コメディアンのデイヴ・シャペル、トランス女性を笑う執拗なジョークで批判を浴びる)

 

執筆者 | 21/11/09 (火) | コラム


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