エモい。エモエモポエポエ丸。エモ着火ファイヤー。そしてエモゾンビ化する人

執筆者 | 21/03/22 (月) | コラム

世の中には、エモい(感傷的、感情的な)状態になってる人がいる。

この、エモにも段階があって

エモ:イイハナシダナーって思ってる状態

エモエモポエポエ丸:エモくなりすぎて、一時的に中2まで精神が後退した状態

エモ着火ファイヤー:もうエモが爆発して、精神が3歳になった状態

がある。

エモくなることは、人間の心に大切な栄養素だが、エモエモポエポエ丸辺りから合理的な判断力が大幅に低下するため、自身のエモ度を正確に把握する事はこのせちがねぇ世の中で生きるためには非常に重要である。

エモの最も厄介なところは、中毒性があることだ。

最終的にエモに取り憑かれた、エモ中毒の人は常にエモいモノを追い求める存在。

エモーキングデッド。エモゾンビになってしまう。

自らの感情を満たすために、エモを他者に押し売りする。他人をエモに感染させるエモゾンビと化してしまうのだ。

今回は、エモい人からエモゾンビに変体するまでの過程を考察するコラムである。


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まず、最終形態であるエモゾンビの特徴は

「自分の体験、経験、執着、トラウマ、フェチズム、性癖を発信しだす」

これに尽きる。

さらに、「これに感動しない、共感できない、エモエモしない、あなたが逆におかしいのである」という圧も加えてくる。

「私は今、エモい話をしている。あなたもエモに感染しなければならない」という、強制卒業式旅立ちの日に合唱状態にいざなってくるのだ。

だが、あえて言わせていただく。

それは、同級生との飲み会でやってくれ。

周りを強制的にエモい空気に持っていこうとしないでくれ。

僕たちはエモゾンビになりたくないんだよ。社交辞令だけで終わってもいいじゃないか。

しかし、エモゾンビは周りをエモくすることをやめられない。

もはや、エモいコミュニケーション以外は、コミュニケーションではないといいかねない勢いでエモを押し付けてくる。やめてくれ、リクエストしてない旅立ちの日にを歌わないでくれ。

では、なぜ人間はエモゾンビへと変体してしまうのだろうか?

これを紐解くためには、エモゾンビの生態をより知る必要がある。

まず結論から話そう。人をエモゾンビたらしめる要因はひとえに「社会性における生存本能」にある。

社会性における生存本能とは何か?

これを説明するためには、なぜ人はSNSにドハマリしてしまうのかを考える必要がある。

 この結論としては、「人間にとって他者との関係性を良好に維持することは非常に本能的な行為であるから。」ということにある。

 時を2万4000千年前の人類が50人~100人の集落で暮らしていた時のことを考えよう。

 この時代の人間の驚異とはなんだろうか?肉食動物?ネアンデルタール人?

 どちらも違う。

「飢餓」「感染症」「殺人」である。

優先度として見れば、最も驚異となるのは飢餓である。

 食料は保存できず、農耕もしておらず、常に移住して食料を探し続ける生活を人類は送っていた。

 食料が確保される限り、集落の人口は最大化していくが、必ずどこかで食料と人口のバランスが壊れることがある。環境要因によってこのバランスが大きく変化してしまうこともあっただろう。

そのような状態になった時、人の集落はどのようにこの危機を乗り越えるか?

結論を言ってしまおう。殺人である。

 原始時代の発掘された人骨からは、非常に多くの他殺の証拠が発見されている。

 現代の倫理観からすれば、非常にショッキングな事実ではあるが、進化生物学的観点から見ればこれは非常に論理的な解決策である。

 飯の収支的にマイナスのカラダの弱い個体が殺される、であったり。覇権の交代を目論見、ボスが殺される。性格の悪いやなやつが殺される。

 こういった現象は、チンパンジーなどの類人猿においても確認されている。

では、このような環境下で人間が生存するために伸ばした能力とは何か?

それは「うわさ話」である。

 集団において、他者が自分をなんと評しているか、人間は異常なまでに評判を気にする性質を持っている。他者からネガティブな評判を浴びせ続けられると、自殺という行動をとってしまうものもいるほどである。(今回も自殺遺伝子の話はしないけど)

 特に女性は原始時代では狩りに出ず洞窟などでコミュニケーションを取っていたため、

「誰を自分の夫にすれば自分自身と子供を生存させることが出来るのか」といった生存に必要な情報を手に入れる必要があった。

 そのため、ホモサピエンスの女性は皆【恋バナ・噂大好き族】の末裔である。

恋バナと、噂話をしている時に脳が快楽物質を出すようにハードウェアが設計されている。

そういった行動原理を持った個体が最終的に、現代まで生き残っているのだ。

 人が(一切会ったことのない人達でも)他人の評判を気にしてしまうことは、人類が生存するために獲得した特性なのである。

 さて、話をエモゾンビに戻そう。

人がエモゾンビと化してしまうことは生存本能である、と述べた。

エモゾンビのエモ感染行動は、「エモ」というツールを使って自信の評判を上げようとする、自分の仲間にしようとする行為なのだ。

 が、全ての人類がエモゾンビになってしまうわけではない。

エモゾンビになるための条件としては「自己肯定感が低い」ことが必須条件となる。

そう、リア充と陽キャはエモゾンビに感染しないのだ。

思い出してほしい、

「自分の体験、経験、執着、トラウマ、フェチズム、性癖を発信しだす」

というエモゾン的行動は、コミュニケーションという観点から見て異常である。

いわば、積極的に自分の弱点となる情報を晒しているのである。

これは、集団における評判という観点で見れば不利に見える。

が、しかし。彼らエモゾンビたちにとってはこれが唯一の生存戦略なのだ。

狂うほどエモを追い求めること、これは幼少期に健康な感情表現をできなかった反動である、と私は考えている。

 健康な感情表現を幼少期に行えている事は、集団の中で比較的容姿、高い運動能力を有していることと関係性が深い。幼少期の集団は限りなく原始の集団に近い、全員チンパンジー状態だ。この集団で、運動能力や容姿(遺伝的健康さ)に劣る個体は、生存の危機、つまり、いじめにあう。

 ここまでで倫理観が爆発してる人のために再度言っておくが、進化生物学的には集団の中で劣る個体をいじめることは、本能的であり、合理的である。ただ、現代は【飢餓】という【いじめの原因となる問題】がすっぽり抜け落ちてしまっている。

 飢餓と危機はもうないにも関わらず、集団の中で劣る個体を排他しようとする生物的構造だけは残ってしまっているのだ。バカな生物だぜ、人間ってやつぁ。

 さて、ここで【いじめ】と【エモゾンビ】に関する恐るべき事実を皆さんにお伝えしよう。

 人間には、いじめられることで発現する遺伝子が存在する。

いじめで遺伝子発現が変化〜日経サイエンス2006年6月号より

https://www.nikkei-science.com/?p=17946

 この遺伝子発現の変化を一言で言うと「他者を受け入れる感情系が発達する」ってことだ。つまり、「エモい人間」になるのだ。

 これが、なぜなのか?を説明するエビデンスは存在しない。ただ、遺伝子的事実として、

「哺乳類はいじめられると、エモくなる」のだ。それが、長年の進化の過程で生まれた生存戦略的に有利なプログラムなのだろう。

 さて、本稿の最後に伝えたいことはこれだ。

エモゾンビ達よ、エモを卒業して、自分のエモを他人に押し付けることなくただただ自分を愛してあげてもいいんだぞ。と

そう、あなたがエモゾンビになってしまったのは進化の生んだ奇跡だ。

だが、はっきりいって強制卒業式旅立ちの日に合唱状態は皆から見て痛いときもある。エモの訪問販売は我々もしんどいんだ。

旅立ちの日には、卒業式に歌ってこそ、旅立ちの日になのだ。

そう、今こそありのままの自分を自分を愛してあげよう。エモゾンビ達よ。

それがあなた達の旅立ちの日なのだ。

執筆者 | 21/03/22 (月) | コラム


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