最近、国民国家はオワコンだと言われています。
日本の第二次大戦後は、資本主義×民主主義です。
テクノロジーの発展であらゆる情報に誰でもアクセスできるので、無数の意見が噴出し民主主義の意思決定スピードでは遅すぎると言われています。
私自信、国民国家としての民主主義はその役目を終え始めていると思います。
というのも、国民国家はあらゆる人に公共のサービスを提供しなければならないからです。
無数の意見が噴出する中で、多数決の原理を取ればいずれは身動き取れなくなることは明らかです。
お金がなくてもある程度のサービス(理念的には)を享受できるような仕組みは素晴らしいと思います。
しかし、どんな素晴らしい仕組みでも、いずれは不満が溜まり補完的な仕組みが台頭します。
今は時代の過渡期だと思います。
これまでの民主主義の矛盾点を指摘するだけではなく、成仏できるように供養(悪い点だけを列挙するのではなく、今まで良く機能していた部分も認識する。)することが必要だと思います。
YouTubeや本等でこれらの内容を議論する方々の一部には、過激な言葉でまくし立て相手の議論を呑み込もうとしているように見えます。
戦後、ある面から見た民主主義はマイナスだとしても、別の面から見ればプラスの影響を与えた部分もあります。
民主主義の問題以前に、物事を過剰に騒いで議論を押し切るだけの姿勢にも問題があるように思います。
私自身も、自分の意見を聞いて欲しいと思い強行的に話してしまうことがあるので、建設的な話し合いができるように人間として成熟できるよう頑張ります。
結局、政治体制は重要ですが民主主義を本気で変えたいならば、個人の成熟に努めるという時間のかかる方法しかないように思います。