私のおじ愛とおじ道

執筆者 | 21/10/24 (日) | コラム

おじ研は浮かばれない自分をどうかこのままで
皆の力でオラに自己肯定感を!という自分を含めた
おじたちを救済する部活だと正直私は思っていない。
 
ユーモアを以て自分を認めて受け入れて学ぶ。
これが自分を救済する数少ない手段の1つだと思っている。
 
私はおじの自分もおじ達も大好きである。
 
ダサさと哀愁は最高のカッコよさだとも思っている。
でも、トラブルに見舞われたり疎まれるおじを何人も見てきた。
自分も恐らく例外ではない。
(※自分も精神的おじだと自覚した前提)
おじはめちゃめちゃハートフルで面白いのに!
何度悔しい思いをしてきたか知れない。
 
そんな度重なる悔しさを原動力に
創部したと言っても良い。
しかし、現実は確かに残念さを露呈してしまいがちな、
おじ。
少なくも自己開示は一歩外に出たときに
グッと堪えて頑張ってる人にとって有効なのであって
裸で外に出たら捕まることを理解したい。
 
変わらなくていい。変える必要もない。
 
しかし、自覚と変幻力と自分を客観視する力はほしい。
それが、おじ道。カッコよさだと私は信じている。
そんな頑張る人達の羽を休める避暑地であり
変幻の道を皆で探求する場所でありたいと私は思っている。
 
笑顔で。
 
そして、最後に言いたい。
男女共に年齢を重ねるということは非常に尊い。
そして美しい。
そこからでしか見えない景色がある。
その本質を堪能し、
卑屈にならず前向きに胸を張りおじ道を生きる。
 
表面は朗らかに。

執筆者 | 21/10/24 (日) | コラム


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