亀石明日香です。
※ 刺激的な内容が含まれています。
心が疲れている方は元気になった時に
読むことをオススメします。
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「Kちゃん・・・
死んじゃったぁ・・・」
知らない番号からの突然の電話。
女性が泣きながら私に話してきた。
Kちゃん・・・
もしかしてKくんの彼女さん?
その当時私は趣味であった緊縛好きが集まる
イベント会場にいた。
Kくんの事を頭で理解できた時に
足に力が入らなくなって座り込んでしまった。
なんでいきなり・・・?
前日にTwitterでこう呟いていた。
「店舗が見つからなくて困っています。」
私はそのツイートを見てイイねを押すのは
なんとなく違う気がしてスルーをした。
まさかKくんが逝くとは思わずに。
当時のパートナーと共通の友人だったので
すぐに事情を話してイベント会場を
後にした。車の中で泣く私を励ますように
「ひとまず夕飯食べよう。」
と焼き肉屋さんへ入った。
「3名様でよろしかったですか?」
と店員さんに言われ後ろを振り返ると
そこには誰もいなかった・・・
「2名です。」
と言い席に座った時にパートナーが
「会いに来てくれたんじゃないかな。」
って言うもんだから次々涙が出た。
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それから数日後・・・
葬式はしないけど出棺をすると聞き
私とパートナーはKくんに会いに行った。
他に知っている人は彼女さん以外は
いないしご家族にも初めて会う。
幼い頃に父親を亡くし、お母さんと
7個下の弟と別々に住んでいた。
「いやーーーー!!!!!」
と足元がおぼつかないお母さんの
叫び声が絶え間なく聞こえていた。
いざ・・・眠っている棺に案内をされ
目の前にいた人たちが続々泣き始めた。
身体がひゅっと冷たくなって
心臓が脈を打ってる音が聞こえた気がした。
いつもの可愛い笑顔はそこにはなくて
真っ赤で息が詰まって苦しそうな表情の
Kくんの顔が今でも目を閉じると浮かぶ。
練炭自殺だった。
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私とKくんとの出会いは今から8年前。
パートナーがピアスを入れてくれる所を
探したいと、ネットで見つけたのが
Kくんのお店だった。
1度カウンセリングに・・・との事で
車で向かった。とても笑顔が可愛くて
22歳と若いのに知識も豊富で
性癖やフェチに寛大で。
カウンセリングなのに多くを語った。
女王様に縛られるのが好き。
という性癖を持ち、彼女は女性。
だけど遊び相手は男性。
という面白い男の子だった。
私が性器ピアスを入れるという事で
SMの主従についても深く語った。
今はパートナーともお別れしたが
私達の事をとても気に入ってくれて
手枷をプレゼントしてくれた。
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次第に彼女を紹介してくれて一緒に
ご飯を食べたり。
静岡へ来てくれて釣りをしたり。
Kくん主催のイベントへ行って
ピアスや刺青が好きな人たちと
楽しんだり。そんなわいわいとした
思い出がとても多かった。
職種からか大家さんと合わなかったり
問題があって引っ越すことが多く
引っ越しを3度手伝った。
3度目の引っ越しがKくんの最期を
過ごした家になったのだが
その頃から様子がおかしくなっていた。
「しばらくお店を休みます。」
「病気の治療に専念します。」
「また再開しようと思っています。」
「あまり病状が良くなりません。」
そんな一喜一憂のツイートを連ねていても
病院に入院していたら会えないよねって
パートナーと話をして連絡を控えていた。
Kくんの抱えていた病気・・・
統合失調症だった。
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入院する前。私はKくんに
刺青のデザインを書いてほしいと
お願いしていた。
以前彫ってもらった藪椿もKくんに
デザインしてもらったのだけど
今回は菊と蛇を絡ませたような絵が
いいなぁ~と伝えた。
Kくんが逝く少し前。
1枚の写真が送られてきた。
菊だけを書いた絵を撮ったもので
「蛇も楽しみにしてるよ~!」
なんて話したけど・・・
結局蛇とは出会えなかった。
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出棺の時。
心を落ち着かせようと外に出たら
刺青がいっぱいの人たちが3人いた。
Kくんの戦友で彫師の女性と男性で
少し思い出話をしてKくんの写真を
LINEで交換したりした。
「Kくんが吸ってた煙草吸いません?」
と1人の女性が煙草を差し出したので
全員でその煙草を口にした。
やっと気持ちが落ち着いた頃
菊と蛇の刺青のデザイン画の話をしたら
「私で良ければ彫らせてもらえませんか?」
と声をかけてくれた。
普通自分のデザインでないものを彫るのは
タブーだったり、あまりしないのに
Kくんの遺したものを受け継いで
彫りたいと言ってくれる事が有難かった。
後日東京で施術をしてくれた彼女は
偶然にも私と同じ年で、この出会いが
キッカケとなって今でも仲良く
させてもらっている。
「出会えてKくんには感謝だよね~」
と笑う彼女とは今じゃ7年の付き合いになる。
今週末も私は刺青をいれに通うのだけど
義理や恩を大事にする人間は
あまり周りにいなかったので月1の
彼女との時間は私の安らぎになっている。
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Kくんが亡くなった後
こっそりと書いていたブログがあったと
彼女に教えてもらったのだけど
URLを押すまでに躊躇う気持ちが強く
苦しい気持ちになった。
病気への苦悩
お店についての心の変化
普通の仕事が決まらない
薬の過剰摂取
生まれた時は女性性だった
親への謝罪の気持ち
希死念慮が常にある事
最終的には「練炭をネットで購入した。」
という記事が出てきた。
「〇月〇日に死ぬことにした。
親には会いたいけど会ったら
気持ちが揺らいでしまう。
死にたい。死ぬしかないのだ。」
なぜKくんはそんなに悩んでいたのか
彼女以外に知っている人はいなくて。
「つらいなら一緒に逝こう?」
と声をかけた彼女を置いて
1人で逝ってしまった・・・
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Kくんがいなくなった後の彼女と
お母さんは見てられなかった。
2人とも後を追うんじゃないかと
周りにいたKくんの友人みんなが
気にかけてしょっちゅう会いに行った。
私がもっと相談にのってあげてたら
あの時声をかけていたら
Twitterに反応していたら
会いに行っていたら
「もしかしたら死ななかったかも」
自死を選んだ人が近くにいると
周りはみんな自分を責める。
心を騙したり自分を責めて
余計に苦しくする。
救えなかった償いに。
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Kくんが逝って7年。
今思うのは
「自分を決して責めないでほしい」
思い出を大事に楽しく人生を
過ごしてほしい。
年に1回だけでもいい。
亡くなった方を思い出すだけでいい。
時間薬が癒してくれるから。
遺骨は船に乗って海へ散骨したので
命日に毎年行くことにしている。
Kくんの笑顔を思い出しながら。
会いたい人には
今すぐに会いに行く。
Kくんの事があってから私はそれを
心がけるようにしている。
そのおかげか、小さい頃から一緒に
住んでいた祖父が病気で亡くなるまで
何度も会いに行ったので
後悔する事無くお別れができた。
PROGRESSメンバーにも
会いに行きたい。
みんなに会いたい。
いつなんどき何が起こるかは
誰にもわからないから
後悔だけはしてほしくない。
私はKくんを
一生忘れられない忘れない。
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※大島てる 事故物件サイト
https://www.oshimaland.co.jp/
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今回微妙な表現がたくさんでしたが
最後まで見て頂き感謝です。
前回初コラムを読んで頂いた皆様も
ありがとうございました。
あっちゃん・Tさん
PROGRESSメンバー
全員が幸せな日々を送れますように。