混沌を泳ぐ -PROGRESS STORY-
第一章 焦燥 〜見えぬ景色を求めて〜
第一話 怒涛の方舟
中田は、強い危機感に駆られていた。
かつてない規模の嵐が迫っているかのような、得体の知れない不安と焦燥感があった。
2016年、RADIO FISHの「PERFECT HUMAN」という楽曲で中田はヒットに恵まれた。その頃までは中田も「テレビと芸能事務所」の未来をまだかろうじて信じていたが、その楽曲のヒットが皮肉にもそのビジョンの誤算を中田に確信させた。
ヒットの規模に対して、得られた地位と報酬があまりにも少ない。理由は明確だった。テレビ業界全体の視聴率が緩やかに下降し続けていたのだ。それはテレビだけの危機ではなかった。
音楽業界は依然として一部のアイドルが様々な手法でCDを売り続けていたが、もはやCDの時代は完全に終わっていた。出版物についても同様で、書店でわざわざ本や雑誌を買う人間は減り、書店の数は少なくなる一方だった。
全てを駆逐していたのはスマホだった。誰もがその知恵の実を手にした。齧られた果実のシルエットは、時代を大きく進めていった。
テレビの代わりにYouTubeを見て、CDの代わりにアップルミュージックやスポティファイを聴き、小説をKindleアプリで読み、雑誌の代わりにInstagramをチェックする。もはやそれは逆行しようのない時代の流れであり、数十年ぶりの生活スタイルの大変化だった。
中田にとって仕事のデジタル化は急務だった。何より、
「もう仕事を貰う立場ではなく、自分で仕事を生み出す側にならなければ先が無い…」
少なくとも中田は、自分の力で生き延びる準備が出来ていないことをよく分かっていた。
これまでも中田は、何度もブレークし、光と喝采を浴びては沈む、という浮き沈みを経験してきた。安定など無いどころか、人気は水物。その上で、多くの芸人がそうであるように、所属事務所から仕事を貰う立場にあった。このままでは自分で稼げる力も無いままに、今自分が立っている場所は海に沈むだろう。
そうした強烈な焦りを感じていた中田とは対照的に、テレビ局員も、事務所の社員も、周囲の芸人も、相方ですらも、この時はまだその感覚には至っていないようだった。
理解されない孤独感と焦燥感を抱えたまま、中田は「いつクビになっても、自分で稼いでいけるようにならないといけない」という課題にどうしようもなく行き着いた。
そして事務所に言わず、自分でオリエンタルラジオのライブを主催した。SNSを使って発信したり、オンラインでチケット販売したり、そうして四苦八苦を繰り返し、グッズを作って物販を始めたり、講演会に出るなど、個人の活動も始めた。
身一つで、思いついたことの全てを試していく様は、まるで手作りの武器を試行錯誤して作りながら、食べられるもの全てを食べるかのようだった。
沈みゆく場所から離れ、未開拓の土地を目指すほかなかった。そのためには、迫り来る嵐に耐えうる自分の船を築くしかない。生き延びるための、方舟を。
そうして、物販やYouTube、オンラインサロンなどを始めた経緯は、自身の生い立ちも含めて、YouTube 大学の「しくじり武勇伝」という動画で語られている。
本書は、そのYouTube大学やオリエンタルラジオの活動、RADIO FISHでの音楽活動とは別に、もう一方で中田が築いて来たオンライン上のコミュニティ「オンラインサロン」の物語である。