今回もお読みいただき
ありがとうございます。
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2020年12月入会の
小北世史子(こきたよしこ)です。
PROGRESSで
お茶や着物など日本文化を
楽しみたいと思っています。
わたしが日本文化をいいなと
思いはじめたきっかけは、
「四十九日」です。
実は「四十九日」って知ると
なかなかよかったんです!
なぜそう思うようになったかを
お話ししますね
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第一回目は
わたしが改めて
「四十九日」を見直したときのことを
第二回目は
「四十九日」の物語のことを
第三回目は
『「四十九日」は遺族のためにあるの?』
というおはなしをしました。
前回の最後に
次回はアメリカ人の女の子の話と
なっていました。
すみませんが、もう少し
「四十九日」のお話をさせて下さい。
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みなさんは
「初七日」って
きいたことありますか?
亡くなって七日目のことです。
亡くなった方は
四十九日の旅をはじめて
7日になります。
亡くなってから7日までは、
家族のお経(声援)を頼りに
真っ暗な山(死出の山)を登ります。
(そのため七日間は毎日
お経をあげて下さいと言われます)
その山を登りきると
三途の川にたどりつきます。
この河原(賽(さい)の河原)では
親より先に亡くなったこどもたちが
石を積んで待っています。
(こどもは親と一緒に川を渡るのですね)
三途の川は幅広く
どのように渡るかは
生前のおこないによって決まります。
(最初の審判です)
一番良い人は橋を渡る
次は船で渡る。(船賃が六文銭になります)
そして浅瀬を渡る、激流を渡る です。
ここでの審判にたいし
遺族が法要して声援を送ってくれると
激流で渡らなくていけない人も
浅く、流れもゆるやかになると
いわれています。
「初七日」って
故人の三途の川の渡り方が、
遺族がどのような声援を送るかで
決まるという
結構、たいせつな日ですよね。
「故人への声援
どのくらいにしましょうか?」って
遺族は聞かれているのです。
じぶんたちの声援が
「四十九日」の旅にどう影響するか
はっきりとイメージできることで
お経を読む声にも力が入ると
思いませんか?
このように問いかけられることで
これから七日ごとに行われる
法要(声援)へのマインドが
ここで作られます。
これから七日ごとの審判は
盗み、殺生、不貞、嘘などについて
おこなわれます。
まず、罪状認否から始まります。
そこでは閻魔王が
エンマ帳に書かれた行いを確認します。
閻魔王にはウソはつけません。
浄玻理(じょはり)の鏡という再現ビデオで
すべてバレてしまいます。
大ピンチ!
そこで遺族が
お経を読んで「情状酌量」の声援をおくります。
それぞれに審判について
遺族はお坊さんとともに
在りし日のことをふりかえります。
語り合いながら
時々「自分はどうだろう?」とふり返って
マイナスだった思い出も
ゆるしたのかな・・。
語り合うことで
だんだんと思い出にして
心の中に落とし込む。
そんなことを七回続けていくうちに
四十九日がすぎ忌中があけていきます。
忌中は“穢れを祓う”という名目で
つきあいが制限されるため
社会的な役割が免除されます。
遺族の負担を減らす形になっています。
物語でぐっと引き込み、
役割を与えることで自らを参加させ
忙しく、色々なことを考えさせないことで
精神的に不安定なこの期間を
守っていきます。
そして
故人の審判を考えながら
遺された自分たちの
生き方のヒントを受け取ります。
良くできたしくみだなあ・・と
感心してしまいました。
でも、みなさんこのお話を
知っていましたか?
そう聞くと多くの人が
笑って「知らなかった!」って
答えました。
意味が伝わっていないから
消えそうになっている。
「それでいいんだろうか・・」
そんなことを考えていたとき
これがなくなったときの世界を
見てしまったのです・・。
このつづきは、また次回!
おたのしみに。