PROGRESSと僕【加筆修正版】

執筆者 | 22/12/04 (日) | コラム

入学から半年程経った2020年末、僕は、突然病魔に襲われました。
pgTVでの配信中に発症し、その後「急に左側力入らなくなった」という一言を残し、pgTwitterをざわつかせました。

それから意識を取り戻すまでの3日間、ご心配をおかけしました。
(その時何が起きていたのかは、こちらの配信で詳しく話をさせて頂きました)

病名は右被殻出血。俗に言う脳出血でした。日本人の死因の上位にはいるこの病で、一命を取り止める事が出来たのは、たまたま運が良かったとしか言いようがありません。
最悪の事態を免れはしましたが、これをきっかけに、様々なものを失う事になります。

まず、身体に後遺症が残り、左半身の運動機能が失われてしまいました。障害の等級では2級で、左腕の機能は全廃です。
不幸中の幸いで、記憶や認知を司る高次脳機能は無傷でした。
また発音に関しての機能も低下してしまいました。これは構音障害というもので、発音がしにくくなり、声量も以前より遥かに少なくなりました。
これによって、僕がそれまで持っていた音楽をする力はほぼ全て失われました。
もう歌う事も、ギターを弾くことも出来ません。

そして家族も失いました。
社会にぽつんと一人置かれた感覚でした。
病気はあくまできっかけに過ぎず、真因は困難を共に乗り越える絆を作る事ができなかった、僕の欠点だと思っています。

結果、僕にはpgだけが残りました。
現状を開示したことで、色んなメンバーが手を差し伸べてくれました。
一人では対応できなかった手続きを、サポートしてくれたメンバー。
不安定なメンタルを否定せず、話を聞いてくれたメンバー。
新しく始めたことを馬鹿にせずに、見守ってくれたメンバー
辛い時、助けてくれた友達がここにいます。

僕は元々人間関係を作る事が苦手でした。
これまでの付き合いも、「興味のない連中に嫌われても、一生付き合う必要もないし、距離を取ればいい」と考えていました。
学生時代の同級生は、誰ひとり僕の消息を知りません。
僕は、家族に捨てられるほど、人を愛することすらまともに出来ない人間です。大切な人に認められた事などありません。
しかし今は、『ここで出会えた人達と人生を積み重ねていきたい』とすら思えるようになりました。
pgで出会った大切にしたい人達には嫌われたくない。他人にこういった感情を抱くのは初めてでした。
あっちゃんやメンバーの夢が叶っていくのを見届けたい、そう思います。
初めての感情にどう対処していいかわからず、パニックになる時もあります。
それをも受け止めてくれる友達がいてくれるおかげで、少しずつ安定してきている気もします。

今僕は、作曲家を目指し日々修行に励んでいます。
音楽の力を失ってなお、自分の存在理由を創作の中にしか感じることが出来ませんでした。
退院後から作曲の勉強を本格的に始め、最近は楽曲提供も出来るようになってきました。
この1年半必死に音楽の力を取り戻そうとし、『pgを代表する作曲家になる』と宣言し、それを沢山の人が後押ししてくれたお陰です。
まだまだプロへの道程は遠いですが、たどり着けないとは思っていません。
それに邁進できる最高の環境にいると感じています。

「pgは僕の居場所だ。」 今はそう胸を張って言えます。

執筆者 | 22/12/04 (日) | コラム


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