返書

執筆者 | 22/12/27 (火) | コラム

蝉の鳴き声で目が覚める、日本らしい8月の朝だった。

珍しい人から一通のDMがきていて、開いた私はギョッとした。

「オリーは、美しいものが好きだと思うの」

は?

「恋愛に男女の性別は関係ありますか?」

・・・百合か?朝から百合のお誘いなのか?

私はできるだけ丁寧に言葉を選んで返信した。っていうかこれ、運営案件じゃん?

「おはようございます。そうですね、確かに美しいものはそれだけで愛するに値します。

しかしながら私、現在年下の『男性』といい感じになっております」

誠意を込めてしっかりめにお断りしたつもりだった。

ところがそれに対する返事にまた度肝を抜かれた。

「リアルはどうだっていいのよ。私が言ってるのは空想の世界」

し、失礼しました。ですよね。リアルはどうでも・・・

 

そこから先は皆の知るところである。おすすめされたBLドラマを一気見し、

一日数回、合計何百文字も送られてくる彼女の「ドラマ考察」に返信する日々。

私はといえば、朝は6時、夜は終電で、泊まりも日常茶飯事

私用スマホを見られるのは午前と午後に10分ずつと、ランチ30分の間のみだ。

必然的に超満員の通勤快速電車の中から彼女とのやりとりを続けた。

 

最初は「そうだね」「その場面良かったよね」と相槌を打っていた私だが、

次第に彼女の、まるでこのドラマを手がけた脚本家もしくは監督かとみまがう

鋭い視点を、面白いと感じるようになった。

「ここのセリフなんだけどオリーどう思う?」

「この時の表情、本当はこんなこと考えていたんだよね」

なるほど、そういう解釈もあったのか、と膝を打つことも多くなった。

 

夏の終わりの日曜、初めてそのひと、かよちゃんと会った。

PGの寮母と呼ばれ、いわゆる「前髪勢」の筆頭主。

コメント欄ではおはしゃぎもするけど、一方で、新しくきた人に挨拶をしたり、

フォローしたりする気遣いの人だと知っていた。

「オリーあのね、このシーンでね」

家ではお弁当を作る二児の母であり、妻であり、勤め人と聞く。

歳は私より4つほど上か、女性としてもPG歴でも先輩だ。

にも関わらず、目をキラキラさせながら、

好きなものを語り続ける彼女は、小学生のように見えた。

 

 

メッセージを重ねる中で、ふと、彼女は彼女にしか語れない物語を内に秘めているように思えた。

共感性が高いくせに左脳でものを話し(理系出身と聞いた)

構造的にストーリーを理解したり、骨組みをアウトプットしたりできる。

「それ、書いてみたら?」数日後に彼女はワードで原稿を送ってきた。

驚いた。こんなに文章を書ける人だったとは。確かな読書体験に裏打ちされた人のそれだった。

 

私はすぐさま赤を入れて(校正して)返した。

「ここはどういう意味?」「日本語的にこっちのほうがスッキリこない?」

「この箇所のディティール、すごくいいね!」

ほんとはちょっと読んでもらいたかっただけ、程度かもしれない。

でも私に文章を送る、それどういう意味かわかっていますよねぇ・・・かよさん?

 

今考えたら、ここで友達削除されても致し方ないスパルタなやりとりだった。

普通、新聞社の用語規定集まで持ち出して添削する?

「業界ではこの言い回しははこう表記するって決まっているよ」

「なんでこっちが現在形なのに、このフレーズは過去形にしたの?」

「ここ時系列どうなっていますか」「ここの段落、もっと膨らませて!」

やれ描写が足りない、こっちは削れという私に、かよちゃんはめげずに、

何度でも再トライしてきた。「変えてみたよ」「あ、ほんと、そうだね」

・・・・・・・・・・・・・・・

駆け足で陽が沈むようになった秋の終わり

彼女は応募のための『PGと私』を書いたので読んでほしいと原稿を送ってきた。

「かよちゃん、こんな優等生的な文章を私が読みたいとでも?

今までPGにいて、胸が締め付けられるほど誰かを想ったことはありませんか。

涙が出るほど誰かを心配したり、心から応援したいと願ったり、一緒に喜んだりした瞬間は?

ーーー”それ”を書いてって、言ってるんですよ」

可もなく不可もない、こんな綺麗な作文はいらない、と突き返した。

 

かよちゃんは、諦めなかった。PGでかつて心を震わせた自身の経験を書いて寄越した。

言語化することは、彼女にとっても胸を抉られるような、

じぶんと向き合う相当キツい体験だったと思う。

でもきちんと乗り越えて、自らを曝け出した文章は、前の作品より100倍よかった。

 

かよちゃんの妄想力はとどまることを知らず、先日は物語の続編まで仕上がった。

「鬼川デスク」は、今日も手加減なく、某地の8階(=社食)で彼女の文章に向き合っている。

ランチも食べず珈琲一杯で赤鉛筆をくわえている私の横を、後輩たちが通り過ぎる。

「今絞られてる奴、誰だろう、かわいそうにな・・・ちょっと羨ましいけど」

 

君たちは知らない。飾った言葉やテクニックなんかじゃなく、

素手で心を掴みにくる文章の書き手が、寺岡佳代だということを。

書かれるべき物語は、書くべき相手を選んで、降ってくるんだ。

 

だからかよちゃん これからも

あなたはあなたの物語を、誰にも邪魔されることなく生み出し続けてください。

いつまでも、私の、そしてPGの寮母で居てね。

2022/12/28

折川 朋子

 

*下記への返信コラムです

《寺岡佳代さんのコラム》https://column.progress.salon/49656

執筆者 | 22/12/27 (火) | コラム


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