相手の関心に関心を注ぐということ

執筆者 | 21/06/28 (月) | コラム

毎朝のHRでみんなの名前を呼ぶ光景に(゜o゜!

あっちゃんは毎日のHRで、ZOOMに参加しているメンバーに「○○さん」と、名前を呼んで見送ってくれています。
最初、その「セレモニー」を体験した時は、とても衝撃(゚д゚)!でした。

「え、全員の名前、呼んでるの!?」

学校の生徒をやっていた時は1クラス40人程度。たまに出席とりで全員の名前呼ばれたりもしたけど、HRのZOOM参加はいつも150名くらいいます。こんな「手間」のかかることを毎朝・・これは単なるメンバーサービスではない。全員の名前と顔を覚えるつもりなのだろうか・・。
しかも、メンバーと話す時には、「こんなことされている方でしたよね」という台詞もよく出てきます。

「ええ、そんなところまで見てくれてるの!?」

と、これもびっくり(゜o゜;しました。
事前の情報認知がない時でも

「○○さんは、今、どんなことされてるんですか?」

と、とても興味を持ってコミュニケーションをとってくれています。
いや〜、これはとても凄いことです。
50人や100人のコミュニティではありません。
今、5000人以上いるのです。

「あっちゃんは、その5000人をそれぞれ人としてのコミュニケーションを取ろうとしているのか」

と、その意図を想像したとき、「唖然とした」では形容できない驚きを感じました。
で、その光景を何度も見て、思い出した一冊の本があります。

それは樋口耕太郎という方の著した「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」というタイトルの本です。

沖縄から貧困がなくならない本当の理由

著者の樋口さんは、もともと野村證券の優秀な証券マンで、その後、沖縄のサンマリーナホテルを再生させ、沖縄大学で教鞭もとられている方です。

あれ、今、「沖縄」「貧困」という文言を見て、ちょっと心がざわついた方、いましたか?
いや、まず、アゼガミ自身が、ちょっとざわつくワードなのです。そうでない方、ごめんなさい。

沖縄の歴史を紐解くと・・いや、解けないくらいに紐がこんがらがっていて、とても難しい問題が絡み合っています。

政治、人権、国防、差別、戦争被害、基地、経済、補助金、開発、自然破壊・・・さまざまな問題が同じ皿に乗り、右から左、いろいろなスタンスの人が言葉を投げあっています。
妻の親や兄弟たちが沖縄で生きているアゼガミにとって、それらは「他人ごと」ではなく「自分ごと」です。

考え出すと胸が痛むこともあるのですが、ご安心ください。
アゼガミは、ここでそれらの問題について論じるつもりはありません。

今日「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」という本から抽出したいのは、自尊心とそれを育むコミュニケーションについてです。

ただ、その前提として、この本に記された「沖縄と貧困」についての認識をと〜ってもザクっとだけ説明させてください。

沖縄には

・2012年以降、沖縄は好景気
・特別措置や経済援助により社会インフラは進んでいる

という「状況」があり、一方で

・貧困率はダントツ全国1位

というパラドックスがあります。※統計値などはこの本が書かれた時点

つまり「お金の流れはあるのにみんな貧困」ということですが、この本ではそのクイズを解こうとしています。
で、その理由のひとつが「補助金」や「特別措置」などを含む沖縄の特殊な経済システムです。

沖縄はその特別な歴史的な経緯や政治的思惑から、いろいろな「補助金」「特別措置」があります。
で、それによって経営が成り立ち、なおかつ本土資本の攻勢から守られるケースもあるわけです。
そして、補助金で永らえている会社にとって、「補助金をアテにせず新しい市場を創生する」ことよりも、「来年も補助金がたくさんもらえるように振る舞う」ことのほうが正義だったりもします。
つまり、沖縄の特殊な「経済事情」が「貧困のままでいる」理由のひとつだと指摘しています(ざっくりすぎないか?)

そして、この本のすごいのはその先です。

「沖縄では皆クラクションを鳴らさない」

といったよくあるシーンから社会構造や消費特性を考察し、さらに「人間の自尊心」といったレイヤーにまで論考を進めているところです。

「無感覚」な人たち

無感覚」・・・たとえば何に?

「単位取得に必要な課題図書を読みも買いもせず、しかし単位取得のために授業に出席し続ける大学生」
「日が暮れ、暗闇になった教室で、誰ひとりとして電気を点けずに先生が来るのを待つ大学生」

これは大学で教鞭をとる樋口さんが実際に体験したことですが、この「無感覚」さは、大学生だけではないというのです。
この先も、詳らかに説明するととても長くなるので、ここもホントにアゼガミなりにざっくりなぞると・・

・理由というか原因は歴史的なこととかいろいろあるのだと思う(超ざっくり!)
    ▼
・大声だしても変わらない、動いても変わらない
    ▼
・「鎖で繋がれた象」「ガラス天井のあるノミ」の心的システムの大普及
    ▼
・でも「痛いものは痛い」
    ▼
・なんくるないさという無痛呪文
    ▼
・無感覚で生きれば痛くない(というか、そのほうが生きやすくなる)

そして、こうした文化(?)が、突出した能力や才能の発達を抑え、「できるものいじめ」によって変革の力が鬱化→そして抜け出せない貧困、みたいな流れです(ほんとうに超ざっくり!)

相手の関心に関心を注ぐ

樋口さんはさらにリサーチや考察を進めます。
そしてこの「無感覚」は「自尊心の乏しさ」と関連があると考えます。
そこで、学生やホテルの従業員たちに対して、その自尊心を育てる試みをします。

樋口さんの自尊心の定義はこうです

「自分がありのままで愛される価値があると信じていること」

もう少し細かく言うと

「自尊心とは、これまでの成功も失敗も、できることもできないことも、優越感も劣等感も、喜びも恐れも、カッコいい自分もカッコ悪い自分も、自分の好きなところも、そして嫌いなところさえ、全てを抱きしめる力である。
それは自分を愛する力だ」

その自尊心を育てる方法はこうでした。

「その人の関心に関心を注ぐこと」

どういうこと?

「その人に関心を注ぐ」とどう違うの?

たとえば、子供に「しっかり勉強して」と言うのは、「子供に関心はあっても子供の関心には関心がない」状態。「勉強は自分(親)の関心」です。
親の関心を子供に押し付けて「子供の将来に関心がある」と言う矛盾

樋口さんは、学生や従業員・スタッフを相手に、さまざまなコミュニケーションを交わします。

そして、たとえば60歳のパートスタッフの本当の関心(恐怖)が時給ではなくて「いつまでここで働けるか」であることに気がつき、その恐怖を(経営者として)取り除くことで、その人が(自信と誇りを育み)別人のように働く様子を体験したりします。

アゼガミはこの本を、子育てがそこそこ終わった頃に読んだので、激しく悔やみました。
でも、今、息子たちに会えば、「相手の関心はどこに向かっているのか」について注意深く考察しながら話すようにしています。そして、なにより、妻に対してのコミュニケーションがとても深くなった気がしています。

こうして、樋口さんは、自分の周りの人々の自尊心を取り戻していきます。

ただ、こうして激烈に動き回る樋口さんが、「自分の妻の関心」に関心を注いだ時、そこに自分がいなかったという((゜o゜;)

このエピソードも、人間っぽくてリアルです。

心の筋肉トレーニング

方法がわかったから、それでいろいろ解決、というわけにいきません。
樋口さんは終盤でこんな文章を記しています。

人の関心に関心を注ぐことの重要性が、心から身にしみたとは言え、実際に人の話しに心から傾聴することは、本当にパワーのいることだ。

それを鍛えるために樋口さんは、那覇市のある場所で、毎晩、利害のない人と人生に心を尽くして耳を傾ける「修行」を行います。お酒の出る店ですが、「聞く」ためにお酒もやめます。そして本が著された時点で16年間、延べ3万人と2万時間のコミュニケーションを重ねます。これを樋口さんは「心の筋トレ」と呼んでいます。

野村證券の辣腕ビジネスマン
つぶれかけたホテルを再生させた凄腕経営者

こんなレッテルが「アホか」と思うほどの「心の筋トレバカ」です(褒めてます!)

ともあれ、「相手の関心に関心を」という言葉は、結構、アゼガミのコアバリュー的な言葉になっていて、一日に何回も自分に声がけしたりしています。

まとめ

・あっちゃんのコミュニケーションを見て驚いた
・ただ話すだけでなく、その人の関心にも関心を向けていると感じたことがある
・それは樋口さんの書いていたことにも共通している気がした

ということを、自分なりにまとめて共有しよう、が今回の試みでした。
お楽しみいだだけたなら、幸いです。

特にオチがなくてすみませんm(_ _)m。

そういえば、樋口さん、あっちゃんがyoutube大学の中でもしばしば使う台詞にとてもよく似た一節を、序章の最後に引用しています。

「敵の正体がわかった。それは我々自身だ」
(We have met the enemy and he is us.)

1950年代のアメリカの風刺漫画家ウォルト・ケリーが漫画中の「ポゴ」に言わせた有名の台詞

※この猫はイメージ画像です。「ポゴ」ではありません。


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