PROGRESSと私

執筆者 | 22/11/22 (火) | コラムコンテスト

2020年5月東京都に第一回目の緊急事態宣言が発令した

PGに入学して2日目の夜、アシスタントを辞めてなんの仕事のあてもなかった僕は住んでいる部屋で透明な瓶をゲームの回復薬に見立てた写真を撮る模様を一つの映像にして投稿した

翌日に中田さんにHRピックされた

 

 

これが僕とプログレスのはじまりであった

 

 

当時はまだ人材が少なかった

僕はただ運良く目立つ事ができた

 

 

 

僕は会社員時代に大きなトラウマがある

それは組織でうまく出来なかったっという事

どうやら僕は集団生活で円滑に人間関係を構築するのが苦手らしい

 

話をするのは得意だ

何かを説明する、相手の心地よい聞き手になるのは得意だし、

相手がどんな気持ちかを察するのは特に得意だ

 

ただ自分の中の想いの扉を開けると

だいたい引かれる

 

なぜだろうか、僕は人より真面目らしい

 

会社というゲームに負けてからは、無用な人間関係を避けカメラマンになる事だけを考える生活が数年続く

毎日カメラマンと同僚スタジオマンらとしか話さない期間が続いた

充実していたが、何かがすっぽり抜けているとも感じた

 

もちろん浮世の楽しみ、旅行、飲み会・趣味・恋愛たぐいの楽しみなんて遠の昔にやり方を忘れているレベルだ

 

そんな傷を負いながら、僕に新たな可能性を見せてくれたがPGだ

 

皆優しかった

応援したい

世の中そんな人で溢れるべきだと思う

ただ

優しいだけでは生きれない

これは僕の今のところ行き着いている真理だ

サステナブルじゃないんだ

 

コミットし続けた僕はPGエージェントというものに所属する事になった

このコミュニティにおいて経済活動の有無が可能なのかの実験が始まったのだ

この制度が新たなヒントになればPGはまた次のフェーズへ入る事ができると中田さんは言う

 

このコミュニティで大きな背中は中田さんが示してくれている

であれば各、点においても背中を見せる人間も必要だと思う

 

僕は背中を見せられる人になりたい

強くなりたい

優しくいたいから

それが僕のサステナブルであり

プログレスと僕の今だと思っている


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